東京地方裁判所 平成4年(ワ)21513号 判決
原告 菅野秀明
右訴訟代理人弁護士 伊藤次男
被告 布施和男
被告 株式会社ツルミアート
右代表者代表取締役 今井貞子
右両名訴訟代理人弁護士 君山利男
補助参加人 安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 平野浩志
右訴訟代理人弁護士 内田邦彦
右同 弓場正善
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金四三三六万〇〇七九円及び内金三九四八万〇〇七九円については平成三年五月一日から、内金三八八万円については平成一一年一〇月二日から完済に至るまで、それぞれ年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とし、補助参加費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を補助参加人の負担とする。
四 この判決は、原告の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告らは、原告に対し、各自金八〇六〇万一九七〇円及び内金七六七二万一九七〇円については平成三年五月一日から、内金三八八万円については平成一一年一〇月二日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、以下に述べる交通事故につき、原告が、被告布施和男(以下、「被告布施」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告株式会社ツルミアート(以下、「被告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、それぞれ損害賠償を求めたところ、後記の加害車両の自賠責保険会社である補助参加人が補助参加してきた事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 平成元年一二月四日午後一時二〇分ころ
(二) 場所 東京都大田区矢口一丁目一番先交差点(以下、「本件現場」という。)
(三) 加害者 普通貨物自動車(横浜四五め三〇五四、以下、「加害車両」という。)を運転していた被告布施
(四) 被害者 普通貨物自動車(一品川と五八四〇、以下、「被害車両」という。)を運転していた原告
(五) 態様 被告布施が、加害車両を川崎方面から五反田方面に向けて進行中、仮睡状態に陥り、対面信号が赤色を表示していたのに気付かないまま本件現場の交差点に進入させ、折から右交差点を五反田方面から鵜ノ木方面に向けて右折進行中の被害車両左側後部に、加害車両の前部を衝突させた。
2 責任
被告布施は、本件現場に至る前に眠気を催し前方注視が困難になったのであるから、直ちに運転を中止すべきであるのにこれを怠って運転を継続し、仮睡状態になって本件事故を惹起したのであるから、民法七〇九条により、原告の損害を賠償すべき義務がある。
被告会社は、加害車両の保有者であり、加害車両を自己のために運行の用に供していた者といえるから、自賠法三条により、原告の本件事故による人身損害を賠償すべき義務がある。
二 原告の主張
1 本件事故による原告の受傷と治療経過
(一) 原告は、本件事故により、脊髄ショックを伴う頚髄損傷、頭部打撲、左半身不全麻痺の傷害を負った。
(二) 原告は、事故直後救急車により大田区内の木村病院に搬送され、左半身不全麻痺の状態であったから、即日東邦医大病院(以下、「東邦病院」という。)に転送された。
(三) 東邦病院において検査の結果、一過性の脊髄ショックでX線検査の結果特に異常が認められなかったので、同日中に前記木村病院に戻され、同病院で平成二年一一月九日まで入院した。
(四) 木村病院においては、機能回復のための治療を受けたが、リハビリ専門の病院に転院するようにとの指示もあり、平成二年一一月九日、木村病院から湯河原厚生年金病院(以下、「厚生年金病院」という。)のリハビリ科に入院し、平成三年六月二七日まで入院していた。
2 原告の後遺障害
(一) 原告は、前記治療にもかかわらず、平成三年六月二七日に、次のような後遺障害を残して症状固定となった。概括的に言えば、左上下肢の腱反射亢進、温痛覚の脱失、触覚の鈍麻、異常知覚としての痺れ感、自律神経障害としての局所異常発汗、痙攣性の麻痺等である。
(二) 左上肢は、手関節以遠の手指の麻痺があり、原告が左利きであるにもかかわらず、握力は右が五三キログラムに対して、左が一〇ないし一二キログラムに過ぎず、細かな動作に障害がある。
これは、自賠法施行令二条別表の一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残す)に該当する。
(三) 左下肢は、股内旋拘縮、内反尖足変形と麻痺のため、自己の体重を掛けることはできず、特殊な装具と口ブストランドという杖を使ってやっと歩行が可能であり、階上との昇降、屋外の歩行、公共の乗物を利用する際には、他人の介助が必要である。これは、前記別表の五級七号(一下肢の用を全廃したもの)に該当する。
(四) 以上の後遺障害を総合すると、前記別表四級相当であり、原告の労働能力は、その九二パーセントを喪失したものとみなされる。
3 原告の損害
(一) 入院治療費
木村病院および厚生年金病院の入院治療費は、被告会社の加入する損害保険会社が全部支払った。
(二) 入院付添費 一八五万四〇〇〇円
原告は、本件事故により左半身麻痺等により身体を動かすことができず、身体を動かせば吐き気を催すという状態で、排泄、食事にも他人の介助を要した。
受傷当日の平成元年一二月四日から木村病院退院の同二年一一月九日までの三四一日間、原告の母は、泊まり込みか、または午前七時三〇分ころから午後八時過ぎまで毎日原告に付き添って介護した。
次に、厚生年金病院入院中も、原告の母は、病院の要請もあり、原告自身ができない洗濯及び身の回りの世話のために、合計七一日間の付添をした。
したがって、原告の母による入院中の付添は、木村病院及び厚生年金病院を通じて、四一二日となる。
その間の入院付添費としては、一日四五〇〇円の割合で合計一八五万四〇〇〇円となる。
(三) 入院雑費 六八万五二〇〇円
原告が木村病院及び厚生年金病院に入院したことは前記のとおりである。
入院の延日数は五七一日であり、その間の右入院雑費は一日最低一二〇〇円として、合計六八万五二〇〇円となる。
(四) 交通費 七一万三六六〇円
原告は、平成二年一一月九日木村病院から右厚生年金病院へ転院のため高速道路料金を含め一〇万〇二九〇円を、また、聖隷沼津病院でMRI検査を受けるために同病院と厚生年金病院の往復のためのタクシー料金二万五五三〇円、その他退院のための訓練及び退院のための交通費合計一万〇四五〇円を要した。
また、原告の母は、木村病院及び厚生年金病院入院中、原告の付添を行ったが、そのための交通費及び木村病院から転院先を捜すために交通費を要した(木村病院入院中のもの五〇万二四二〇円、厚生年金病院入院中のもの二〇万〇七九〇円。)
(五) 医療費及び器具購入費
別表のとおり医療費及び器具購入費として二五万一二七五円を支払った。
(六) 車椅子代 三八八万円(請求を拡張した分)
原告は、本件事故による後遺障害のために、日常生活上屋内用と屋外用の二台の車椅子を必要とする。この車椅子は消耗品であり、少なくとも四年に一度は、金一〇一万六四〇〇円の出費が必要となる。
したがって、平成九年の時点で、原告の平均余命四五・三二年の間に、少なくとも一〇回は交換が必要となる。
これを、年五分の法定利率の割合で中間利息を控除して現価を求めると、少なくとも三八八万円となる。
(七) 休業損害 三六七万九一三〇円
原告は、平成元年始めから田中産業有限会社(以下、「田中産業」という。)に勤務し、同年七月上旬株式会社レックスジャパン(以下、「レックス」という。)に転職して、同社で勤務をしていた際本件事故に遭遇し、全く働くことができないでいる。
平成元年中の田中産業での収入は、一八四万九四〇〇円であり、同年中のレックスでの収入は一一九万五〇〇〇円であった。
したがって、平成元年中の原告の収入は、合計三〇四万四四〇〇円であり、月額二五万三七〇〇円であるところ、平成二年二月以降は、レックスは、一か月三万六〇〇〇円のみを支払ってくれているので、一月につき二一万七七〇〇円の割合で、平成二年二月一日から症状固定日である平成三年六月二七日までの、休業損害は、三六七万九一三〇円となる。
(計算式)
(二五万三七〇〇円-三万六〇〇〇円)×(一六+二七÷三〇)
=三六七万九一三〇円
(八) 後遺障害逸失利益 四八四三万八七〇五円
原告は、労働能力を九二パーセント喪失したから、症状固定時から満六七歳までの四一年間の逸失利益は、年五パーセントのライプニッツ係数を使って、四八四三万八七〇五円となる。
(九) 傷害慰謝料 三一〇万円
原告は、本件事故後症状固定まで、約一年七か月の間入院を余儀なくされ、その後も度々通院を強いられた。
この苦痛を慰謝するには三一〇万円の支払いが必要である。
(一〇) 後遺障害慰謝料 一三〇〇万円
原告は、ほとんど労働ができないほどの後遺障害を受けたが、その苦痛を慰謝するには、一三〇〇万円が相当である。
(一一) 弁護士費用 三〇〇万円
以上のとおり、損害合計八〇六〇万一九七〇円及び内金七六七二万一九七〇円に対する平成三年五月一日から完済に至るまで、内金三八八万円に対する平成一一年一〇月二日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
三 被告及び補助参加人の主張
1 原告には頚髄損傷は発生していない
医学上一般に、脊髄損傷、頚髄損傷とは、外力が脊髄に加わり、脊椎が骨折等損傷し、脊椎の中にある中枢神経である脊髄が損傷されるもので、四肢麻痺などの障害が生じるものであり、中枢神経の障害であるために症状は受傷時から発生し、損傷のあった脊髄のレベル以下に運動、知覚障害が生じ、障害された神経は回復することなく、その後の治療において固定術等の手術やリハビリを行っても麻痺は十分には回復しないものとされている。
原告の治療経過、医療機関の診断、所見によれば、到底頚髄損傷と捉えがたいものであり、原告には頚髄損傷は発生していない。
(一) 事故態様
本件の事故態様は、前記のとおりであるが、原告運転車両の損傷は、左リヤー部に損傷が生じた程度であり、その修理費用は二〇万七三七〇円であって、原告に頚髄損傷が生じるほどのものではない。
(二) 治療経過(詳細は、被告の平成一一年一〇月一日付け準備書面参照)
原告は、以下のとおり、いくつかの病院で治療を受けているが、その治療経過からみて、頚髄損傷が生じているとは考えられないものである。
<1> 東邦病院
原告は、本件事故直後木村病院に搬送されたが、頚髄損傷の疑いとのことで東邦病院に転送されている。
東邦病院では、頚部捻挫との診断であり(乙第二号証の一)、また、検査の結果レントゲン上骨傷はなく、症状も軽減し、上肢反射すべて減弱(低下)、下肢反射正常、病的反射なしとされており、中枢神経系の障害として捉えるべき他覚的所見は認められていない(乙第二号証の二)。
<2> 木村病院
入院中の診療録の記載、CT検査に著変のないこと、看護記録上四肢運動OK、四肢しびれなし、運動障害なし、知覚障害なし等の記載があること、等からみて、本件事故による頚髄損傷が生じているとの所見があるとは言えない。
<3> 厚生年金病院
同病院では、入院当初から、原告がヒステリー性障害ではないかという疑いを持っており、MRI検査によっても異常は認められず、「心因反応」である旨同病院側から本人及び母に告げたとの記載がある。
原告に、器質的な障害はなく、原告の訴える症状は麻痺をも含めて心因性、ヒステリーとしての説明がなされている。
<4> 横浜市大医学部附属病院(以下、「横浜市大病院」という。)
原告は、同病院に平成三年一一月四日から継続的に診察、治療を受けている。脊髄造影検査目的で入院もしている。
同病院においては、脊髄造影検査、CTスキャン、MRI、筋電図等の諸検査の結果、異常は認められず、整形外科的には有効な手段はないとされ、泌尿器科でも脊髄損傷による神経因性膀胱ではないとされ、内科では、足クローヌスなし、バビンスキーなし、左下肢開位、内転筋の緊張、勁損あるも拘縮を来すほどの錐体路徴候ではない、ヒステリーと考えるとされている。
<5> 立川病院
原告は、平成九年一二月二五日に立川病院を受診し、上肢腱反射正常、下肢腱反射やや低下、上肢筋力左側二、右側五、下肢筋力は左側〇から二、右側五、知覚は第四頚髄神経以下両側七から八、左側で第一一胸髄以下一から二、足クローヌス+-、筋電図検査で第五頚髄以下不全損傷、膀胱機能検査では弛緩性膀胱、レントゲン、MRI、脊髄造影の各画像上は異常所見はない。
(三) 頚髄損傷の所見の不存在
頚髄損傷は、受傷の瞬間に四肢麻痺が生じ、数日後に麻痺は最高に達し、以後僅かに回復するものもあるが、不全損傷であれ、継続的四肢麻痺を残すものであり、四肢麻痺像は、上肢は一般的に弛緩性麻痺で腱反射低下ないし消失、筋萎縮が著名となり、体幹、下肢は必ず痙性麻痺となり、排尿障害も出現し、頚髄損傷では必ず反射性膀胱となり、弛緩性膀胱、尿失禁は頚髄損傷では発生しない。
麻痺像が時間経過とともに悪化していくような頚髄損傷はなく、受傷直後から一定した麻痺像であり、日により診察医により麻痺像が変化することはない。
診断方法としては、MRI、脊髄造影によって必ず所見が現われるものであり、特に、MRI検査は脊髄内の病変の診断には唯一、最善の方法であり、脊髄損傷では必ず何らかの異常像が現われる。
原告の症状は、事故直後から変化していて一貫しておらず、また、MRI脊髄造影等の諸検査においてその所見が認められず、さらに、頚髄損傷では神経因性膀胱になるところ、弛緩性膀胱となっているなど、頚髄損傷ではないことは明らかである。
2 後遺障害の不存在
原告に頚髄損傷が存在しないのは前述のとおりであるが、原告のように、他覚的な所見のない心因性の症状については、自賠責保険の後遺障害等級表に当てはめて等級認定をすることはできない。
原告のような心因的な要因が多く関与している障害については、脳または脊髄の中枢神経系の器質的障害を前提にしている後遺障害に該当しないことは明らかであり、このような場合に自覚的症状をもって認定することは、同一級内における他の障害とのバランス、さらには、各後遺障害等級間のバランスを失わせるに至るものであり、公平・適正な認定がなされないこととなる。
後遺障害等級一二級一二号においても、「医学的に証明しうる脊髄症状を残すもの」とされているところ、本件ではこの場合にも該当しない。
3 原告の主張する各損害について
(一) 付添看護について
木村病院の診断書において、付添看護を要した期間としては、平成元年一二月四日から平成二年一月三一日とあり(乙第二二号証の一の一、二)、以後は付添看護を要するとなっていないから、その必要性はない。
また、厚生年金病院でも、付添看護の必要性については記載されていない。
(二) 入院雑費について
入院雑費自体を争うが、仮に損害として算出する場合は、原告の症状が心因性のもの、ヒステリーに基くものであることを考慮するべきである。
(三) 交通費について
原告の母の交通費については、付添看護の必要な期間についてのみ認定されるべきである。
(四) 医療費及び器具購入費について
本件事故との相当因果関係を争う。
(五) 車椅子代
原告に後遺障害は認められないから、したがって、車椅子の必要性、その交換、補修の必要性は争う。
(六) 休業損害
本件事故との相当因果関係を争う。
(七) 後遺障害逸失利益
原告は、平成一〇年から「ごぼうハウス」で仕事をしており、月七万一〇〇〇円から九万四一二〇円(甲第七六号証の一、二、三)を得ている。
それ以前は、株式会社OXエンジニアリングに三年間勤務し、手取金額で月二〇万円の給与を受けている。
原告は、そのほか、平成三年七月から平成一一年一一月まで次のとおり障害厚生年金を受給しており、これらの金員は、原告の損害にてん補されるべきである。
平成三年七月 三九万四八七五円
平成四年四月 五四万四〇〇〇円
平成五年四月 一二〇万七二〇〇円
平成六年四月 一二四万三五四八円
平成七年四月 一二七万二四〇〇円
平成八年四月 一二七万二四〇〇円
平成九年四月 一二七万二四〇〇円
平成一〇年四月 一二九万五一〇〇円
平成一一年四月 八六万八四六四円(四月から一一月分)
合計 九三七万〇三八七円
4 既払金
(一) 治療費
木村病院 六九四万八五二一円
厚生年金病院 四五二万七二八二円
(二) 義肢装具
株式会社武内義肢製作所 一六万四〇〇〇円
(三) 原告への内払金 二〇〇万円
四 争点
1 原告の主張する傷害の有無、特に本件事故の後遺障害として頚髄損傷を認めることができるか。
2 各損害額
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 原告の受傷の程度及び原告が頚髄損傷を負ったか否かについては、原告と被告及び補助参加人の間で鋭く主張が対立し、医学専門家の間でも意見が分かれているところである。
当裁判所は、結論的に、原告は頚髄の不全損傷を負ったものと認定したが、以下においてその理由を述べることとする。
2 原告の受傷時の状況及び治療経過
(一) 原告は、本件事故直後木村病院に搬送されたが、そのときの状態は、一時意識朦朧(呼名反応はあり)であり、手足は動くが歩けず、嘔吐もあり、左半身不全麻痺の状態で東邦病院へ転送した。東邦病院において、一過性の脊髄ショックであり、レントゲン写真上異常がなく、木村病院に再転院となる(甲第一九号証、乙第一号証)。
しかし、木村病院では、数日後より左手から左下肢に痺れを訴えるようになり、ベッド上の生活を余儀なくされ、その後車椅子を使用したり、リハビリに取り組んだりした。症状としては、左上肢にも痺れが出た。病院側としては、リハビリ専門の病院への転院を勧め、厚生年金病院へ転院した(乙第一号証、原告本人)。
木村病院には約一一か月間も入院していたが、その間、症状は回復したとはいうものの、さらにリハビリをしなければ自活することは望めない状況であった。
(二) 木村病院から厚生年金病院へ転院しリハビリに励んだが、厚生年金病院では、頚椎傷害、左上下肢の傷害が認められ、その原因としては頚椎捻挫、頚髄損傷が想定されていた(甲第二一号証、第二四号証、ただし、二四号証には診断名として、頚髄損傷と心因反応が併記されている。)。
同病院の桂医師作成にかかる後遺障害診断書(平成三年六月二七日症状固定)によれば、精神状況として、他に原因を認めない失神発作、痙攣、過換気症候群に伴う呼吸不全があったとされ、神経学的所見として、左上下肢に腱反射亢進、温痛覚の脱失、触覚鈍麻、異常知覚としての痺れ感、痙性麻痺あり、左上肢は手関節以遠手指の麻痺があり、握力は一〇キログラム、巧緻動作障害、左下肢は股内旋拘縮、内反尖足変形と麻痺のため、左下肢による支持性はない。左長下肢装具と両ロフストランド杖で歩行可能とされている。すなわち、事故から約一年半経過後においても、歩行も補助的な装具及び杖を使ってようやく可能という程度で症状が固定してしまったものと理解できる。
(三) さらに、その後原告が治療を受けていた横浜市大病院でも、頚髄損傷との診断がなされているところである(甲第三〇、三一、五八、五九号証)。
もっとも、横浜市大病院においては、記録上、被告が主張するように、原告の症状につき、心因的な要因を指摘する部分も存在する。
3 専門家の意見
(一) 山岸鑑定人(鑑定書及び証人尋問の際の証言)
<1> 山岸鑑定人(以下、「鑑定人」という。)は、平成九年一二月二五日から二六日にかけて原告を診察した。
原告は、その際、左下肢の筋力低下、左足関節内反尖足位、及び左上肢筋力低下が主な障害となり、両ロフストランドクラッチでの歩行は可能であるが困難であり、病院内での移動は車椅子によっていた。
<2> 諸検査結果
徒手筋力試験
右側は上下肢ともに正常であるが、左は、三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋は二(筋力は、全く動かない〇から五までの六段階評価であり、重力に逆らって少しでも持ち上げられるのが三と評価される。)、手関節以下は四、下肢は二以下。
握力
右は四〇キログラム、左は九キログラム、
深部腱反射
上肢は両側正常。下肢は両側亢進(左の方が程度が重い。)
病的反射
上肢なし。下肢クローヌス両側にあり。(左の方が程度が重い。)
知覚障害
第五頚髄神経節以下両側あり。(左の方が程度が重い。)
痛覚・触覚低下八(知覚は、全く異常がないのを一〇として、被験者の主観で決める。)
第一一胸髄節以下 左側二
排尿障害
自己導尿法
X線、MRIともに、画像上明らかな異常所見は認められない。
筋電図検査
左上肢 正中神経、尺骨神経の伝達速度は正常。指屈筋、上腕二頭筋に神経原性変化が認められた。
左下肢 腓腓腹筋、大腿四頭筋に神経原性変化が認められた。
膀胱機能検査
弛緩性膀胱
<3> 結論
頚髄の不全損傷による左優位の運動及び知覚麻痺が存在している。
<4> 理由
原告には、筋電図上で神経原性の変化が認められ、また、知覚障害並びに痙性麻痺があるところから、頚髄損傷が存在すると考える。
なお、知覚障害の領域や弛緩性膀胱には整合性に欠けるところがあるが、不全損傷の場合、病態が多彩で、非定型な麻痺を呈する場合が多い。
(二) 大谷清医師(乙第二〇号証、二一号証)
被告の意見は、大谷意見書によっているものと思われる。
すなわち、大谷意見書によれば、頚髄損傷は受傷の瞬間から四肢麻痺が生じ、以後わずかに回復することはあるが、永続的な四肢麻痺を残すものである。麻痺像が経過とともに悪くなると言うことはなく、MRIによって必ずその存在を確認できるものであり、MRIは、脊髄内病変の診断においては唯一最善の方法である。排尿障害としては、神経因性膀胱が発生し、痙性膀胱となる。
また、筋電図は、末梢神経障害の診断方法としては有効であるが、頚髄損傷の診断には不適当である。
原告の場合、MRI等の画像診断上頚髄損傷を確認できず、麻痺像が変化したり、弛緩性膀胱になったりで、頚髄損傷の器質的な疾患としては説明できず、心因性反応によるとしか考えられない。
(三) 桂律也医師(調査嘱託に対する回答)
左上下肢に軽度ではあるが腱反射亢進があり、頚髄のより中枢側の錐体路に障害があることは明らかである。
したがって、頚髄損傷による左上下肢の痙性麻痺が存在すると考えられる。
(四) 木村佑介医師(調査嘱託に対する回答)
原告の場合は、外傷による脊髄損傷であることは、経過から明らかである。
また、原告の場合、立位や起座が出来たわけではなく、四肢運動OKとの記載は、単に動くという意味に過ぎない。
4 検討
(一) 原告の場合、頚髄の不全損傷が疑われるのであり、このような場合に、大谷医師の言うように、必ずしも、受傷直後から一定の内容で、四肢全般に麻痺症状がでるとは限らない。この点は、鑑定人が最も力説していた点である。
また、MRIが有力な診断方法であることは勿論であるが、補助的な診断方法であり、不全損傷のような場合には、画像上所見が出ない場合もあり得る。鑑定人は、画像上所見がなくとも頚髄損傷であるケースを経験していると述べている。この点、大谷意見は、例外なくMRIによって診断可能であるとするが、不全損傷の場合も一律にそのように言えるか疑問である。
したがって、鑑定人の意見に従うことが相当である。
次に、鑑定人の諸検査結果を基本に考察すれば、頚髄の不全損傷を考えることが自然であろう。
ただし、鑑定人は、原告がこれまでの各医療機関において、原告の症状が心因的な要因によるものであると判定されていたことがあることを、十分考慮して結論を出されたものかについては若干の疑問を禁じ得ない(証人尋問の際の応答等から)が、当裁判所は、次のような観点からみて、原告の心因的な要因を強調することは不相当であると考える。
すなわち、原告は、本件事故以前において、何らかの心因的な負担を負っていたという証拠はなく、原告の症状が、診療録や看護記録を詳細に分析すれば変化していることは窺われるが、本件事故後一貫して左優位の脊髄症状が続いていると評価できること、リハビリ等にも真剣に取り組み、また、原告の日常生活をみても(被告提出の隠し撮りビデオテープによっても、原告が日常生活上杖を使わなければ歩行できないことは裏付けられている。)、詐病を疑うことはできず、ヒステリーの点についても、鑑定人が指摘するように、原告の症状をヒステリーとするには筋電図で明らかな所見が出ていることは矛盾しており、また、症状的にもヒステリーの場合はもっと統一的な理解に苦しむ種々の症状を訴えることが多いものと考えられる。
以上によれば、原告の症状は、脊髄の不全損傷であって、程度は軽度であり、いわゆるブラウンーセカール症候群のような症状は呈しておらず、また、教科書的な脊髄症状と比較するとやや異なっている点も認められるが、それは、不全損傷であるが故に、非定型、特異な経過をたどったものと理解するべきである。
(二) 次に、原告に頚髄損傷があるとして、その程度が問題となる。
原告は、左上肢の手関節以遠の手指の麻痺を等級上一二級一二号とし、左下肢の麻痺を五級七号としている。
しかし、原告の後遺障害は、脊髄損傷によるものであるから、これに起因する諸症状は統一的に評価されるべきであり、左下肢の麻痺が最も重い症状であること(特殊な杖を使わないと歩行できない。一般的には車椅子の使用が必要となる。)を考慮し、全体として等級表の五級二号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当すると考えるべきである。
二 争点2について
1 入院付添費 一八五万四〇〇〇円
原告は、本件事故により左半身麻痺等により身体を動かすことができず、身体を動かせば吐き気を催すという状態で、排泄、食事にも他人の介助を要した(原告本人等)。
原告主張のとおり、入院付添の必要性及び付添日数が認められる(原告本人、甲第三二号証)。
母親による入院付添の一日の単価が四五〇〇円とすることも不当ではなく、四一二日分の金額である。
2 入院雑費 六八万五二〇〇円
原告が木村病院及び厚生年金病院に入院したことは前記のとおりである。
入院の延日数は五七一日であり、その間の右入院雑費は一日最低一二〇〇円として、合計六八万五二〇〇円となる。
3 交通費 七一万三六六〇円
少なくとも、原告の請求している金額の交通費(原告及び原告の母)が必要であったことは認められる(甲第三三、三四号証等)。
4 医療費及び器具購入費 二五万一二七五円
別表のとおり医療費及び器具購入費として二五万一二七五円を支払ったものと認められる(甲第三三号証、弁論の全趣旨)。
5 車椅子代 三八八万円
原告は、日常生活上車椅子が必要であり(原告本人尋問等)、便宜を考えると屋内用と屋外用の二台の車椅子が必要であり、屋外の方が消耗度が大きいことも当然であろう。
原告の主張するように、四年単位で考えると、車椅子本体が屋内用一台、屋外用二台として、その他の費用も含めて合計一〇一万六四〇〇円必要となる(甲第七七号証、七八号証)。
四年に一度の更新として、平成九年の時点での原告の平均余命四五・三二年の間に、少なくとも一〇回は交換が必要となる。
これを、年五分の法定利率の割合で中間利息を控除して現価を求めると、次の計算式のとおりとなり(小数点以下は四桁までで切捨て)、少なくとも原告の請求している三八八万は必要である。
一〇一万六四〇〇円×(一+〇・八二二七+〇・六七六八+〇・五五六八+〇・四五八一+〇・三七六八+〇・三一〇〇+〇・二五五〇+〇・二〇九八+〇・一七二六+〇・一四二〇)
=一〇一万六四〇〇円×四・九八〇六
=五〇六万二二八一円
6 休業損害 三六七万九一三〇円
原告は、平成元年始めから田中産業に勤務し、同年七月上旬レックスに転職して、同社で勤務をしていた際本件事故に遭遇し、全く働くことができないまま、症状固定日である平成三年六月二七日を迎えたものと認められる(甲第五二ないし第五六号証、原告本人)。
前記の証拠によれば、平成元年中の田中産業での収入は、一八四万九四〇〇円であり、同年中のレックスでの収入は一一九万五〇〇〇円であった。
したがって、平成元年中の原告の収入は、合計三〇四万四四〇〇円であり、月額二五万三七〇〇円であるところ、平成二年二月以降は、レックスは、一か月三万六〇〇〇円のみを支払ってくれているので、一月につき二一万七七〇〇円の割合で、平成二年二月一日から症状固定日である平成三年六月二七日までの、休業損害は、三六七万九一三〇円となる。
(計算式)
(二五万三七〇〇円-三万六〇〇〇円)×(一六+二七÷三〇)
=三六七万九一三〇円
7 後遺障害逸失利益 三六五六万七二〇一円
原告の後遺障害の具体的な症状は前記のとおりであり、等級としては後遺障害五級と評価すべきであるが、原告は、後遺障害が生じた後にOXエンジニアリングで車椅子の修理・販売の仕事をして月額手取で約二〇万円程度の収入を得ていたことがあり(泊まりがけの出張も多かった。)、その後原告の父が脳梗塞で倒れ、母も脳腫瘍等の病気になったことから仕事を辞め、現在では、ごぼうハウスPCで勤務し月額七-八万円の収入を得ている(甲第七六号証の一ないし三、原告本人等)。また、自分でオートマチック車を運転して移動ができ、車椅子のテニスでは選手になってもいる(原告本人等)。乙第一五、一六号証によれば、歩行して車に乗車することも可能である。
これらの諸事情を総合的に考慮すると、原告の労働能力喪失率は七〇パーセントと評価するのが相当である。
したがって、症状固定時(二七歳)から満六七歳までの四〇年間の逸失利益は、次のとおりとなる。
三〇四万四四〇〇円×〇・七×一七・一五九〇
=三六五六万七二〇一円
8 傷害慰謝料 三〇〇万円
原告は、本件事故後症状固定まで、約一年七か月の間入院を余儀なくされ、この苦痛を慰謝するには、三〇〇万円が相当である。
9 後遺障害慰謝料 一一〇〇万円
原告は前述のとおりの後遺障害を負った。これに対する慰謝料としては、本件の事故及び症状固定の時期をも考慮して一一〇〇万円とするのが相当である。
10 損害のてん補
(一) 原告は、平成三年七月から平成一一年一一月までの間に、障害厚生年金合計九三七万〇三八七円を受給した(調査嘱託に対する横浜南社会保険事務所長の回答)。
厚生年金保険上の給付は、労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的としたものであるが、事故が第三者の行為によって生じた場合、政府は給付の限度で受給権者が第三者に対して有する損害賠償請求権を取得する事になっている(厚生年金保険法四〇条)から、損害のてん補(逸失利益関係)として評価すべきである。
(二) 被告が主張する既払金のうち治療費は、原告の請求していない費用と考えられるから、てん補の扱いはしない。
義肢装具代についても原告の請求しているどの費用のてん補か不明であるからてん補の扱いはできない。
原告への内払金二〇〇万円(甲第五七号証)はてん補となる。
(三) 以上により、てん補としては一一三七万〇三八七円となる。
11 弁護士費用 三〇〇万円
原告が原告代理人に本件訴訟の追行を委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、認容額、審理経過に照らし、原告主張の三〇〇万円の賠償を求めることができる。
12 合計
総合計は、四三三六万〇〇七九円となる。
第四結論
以上のとおり、原告の請求は一部理由があるから、その限度で認容することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 村山浩昭)
別表
原告の支払った医療費・器具代
一 医療費
1 平成元年一二月四日 東邦大学医学部付属病院
(投薬代等) 金二万五八二〇円
(尤も、これは、原告の勤め先の株式会社レックス・ジャパンで立替支払ったものを同年同月二〇日原告が同社に返還したものである。)
2 平成二年一一月五日 関東労災病院
(診察指導料) 金四二〇〇円
3 同年一一月六日 湯源原厚生年金病院
(診察料等) 金三一五〇円
4 同年一二月六日 聖隷沼津病院
金三八一〇円
5 平成三年五月二三日 湯河原厚生年金病院
(ロブストランドクラッチ) 金一万二三六〇円
6 同年七月八日 右同病院
(投薬料等) 金二万八一七〇円
7 同年九月二七日 右同病院
(再診料) 金一〇七〇円
以上合計 金七万八五八〇円
二 器具代等
1 平成三年七月一五日 株式会社川増
(ベストアームサポート代) 金三万三九九〇円
2 平成三年一一月一五日 有限会社湘南義肢研究所
(ロブストランド杖代) 金一万七五〇九円
3 右同日 右同研究所
(右の自己負担金) 金五〇〇円
4 平成三年一二月一八日 有限会社泉ブレイス
(腰椎マジックベルト) 金三〇三五円
5 同日 右同社
(腰椎軟性コルセット) 金二万〇六六五円
6 平成四年二月一二日 右同社
(補装具修理代) 金四六〇〇円
7 平成三年六月五日 富士川商会
(ロブストランドクラッチアーム修理代)
金一二〇〇円
8 平成四年四月二七日 財団法人鉄道弘済会
東京身体障害者福祉センター
(下肢装具代) 金八万八三三〇円
以上合計 金一六万九八二九円
三 その他
1 平成三年六月六日 白十字販売株式会社
(足に貼ったバンソーコー購入代) 金五六六円
2 平成三年一一月一四日 介護用品の店リップル
(湯殿の滑りどめのためのバスマット) 金二三〇〇円
以上合計 金二八六六円
以上合計 金二五万一二七五円
更正決定
原告 菅野秀明
被告 布施和男
被告 株式会社ツルミアート
右代表者代表取締役 今井貞子
補助参加人 安田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役 平野浩志
右当事者間の平成四年(ワ)第二一五一三号損害賠償請求事件について、判決に明白な誤謬があったので、職権で次のとおり更正する。
主文
本件について、当裁判所が平成一二年五月一六日に言い渡した判決を別紙のとおり更正する。
(裁判官 村山浩昭)
別紙
一 判決主文第一項を次のとおりとする。
「一 被告らは、原告に対し、各自金五三二六万〇〇七九円及び内金四九三八万〇〇七九円については平成三年五月一日から、内金三八八万円については平成一一年一〇月二日から完済に至るまで、それぞれ年五パーセントの割合による金員を支払え。」
二 判決四八ページの九行目を次のとおりとする。
「総合計は、五三二六万〇〇七九円となる。」